江戸時代の柄鏡は当時の「婚礼調度品」で欠かせなかったもので、
「末廣文字入り扇面散らし柄鏡」は、私の収集した江戸柄鏡の中で「貴重な宝物の一つ」です。
以下は簡単な説明です。
大きな「末廣文字」を配した「扇面散らし蓬莱図柄鏡」であり、この柄鏡は早稲田大学教授「堤信久殿の所蔵品」及び「川越市立博物館収蔵'06年展示品」と同一です。
「典型的な透光鏡として既に紹介」されているものですが、末廣文字は勿論、扇面もその中の松も綺麗に透光描写されます。
数百年前の「鋳物の技術」や当時の文化を知る上で「貴重な歴史文化資料」となり得るものと考えます。
私はこの柄鏡を柄の長さが「9mm異なる物を二面」所有しています。
龍門滝登り鯉柄鏡も典型的な透光鏡です。
東京国立博物館収蔵品2面より滝の表現が自然で美しい。黄河の上流に治水の名人禹が開鑿したと伝えられる龍門があり、そこに大変な急流があり、気力の烈しい鯉だけが登ることができ、もしここを溯上する鯉があらば、登るきるとただちに龍に化すと伝えられた「中国の故事」から転じ、立身出生を意味するものとなった。「力強く逞しい文字・立ち上がる岩・差しかけの松・水の流れとしぶき」どれをとっても、その力をこめた描写がとても素晴らしい。「名品・珍品であり秀作」である。
以下は「透光鏡の原理」についての詳細な説明です。
柄鏡は厚い「銅板」で造られています。
「鏡面が表」と考えると「絵は裏」に描かれています。
表の「鏡面」に太陽光を当てると、厚さ5mmもの銅板を太陽光が通って「裏の絵」に届きその光が、また舞い戻って「裏の絵」を「壁に写し出す」のです!
ですから「透光投写」された絵や文字は裏返しにはなっていません!
もっと表現を少し変えて説明すると、
「鏡面」から「強い太陽光が銅板に入りこみ裏の絵に届き」そこで「絵で押し返し反射」されて、また「銅板を通って鏡面に戻ってきて」壁に「裏の絵の反射光」を投映するということです。
つまり強い太陽光は「2回も厚い銅板を透かし通ってくる」という、実に「夢の有る幻想的な現象」です。
光が通れるはずのない「厚い銅板」を通って絵に当たり、また舞い戻って「裏の絵を写し出す」のですから「透光投写」された絵や文字は裏返しにはなることはありません。
「魔鏡原理」は「魔鏡」で検索するとあちこちで、説明されていますが、まだ全てが解明できていません。
現在の「原理解明」を元にさまざまな「透光鏡の製作」や「実験・実演」も行われております。
「透光鏡」による「魔鏡ペンダント」なども販売されていますが、現代の「魔鏡原理」に基づいた発想から、その殆どが「研磨圧で変化が出やすい板厚が薄い物ばかり」です。
それらは全て現代の物で「江戸時代の物」とは、数百年もの時間経過の隔たりがあります。江戸時代の物だけが、なぜ細かな松の枝や葉までが透光投写されてしまうのかは、非常に興味がある現象です。
「復元新古美術博士」も「復元柄鏡博士」も何年も研究していますが、「江戸時代の透光鏡」については現代の「魔鏡原理」では、全てが解明できているわけではなく、むしろ疑問が多く出てくるばかりで、まだまだ全てが解明されるのは「ずっと先」になります。
幸い「江戸時代柄鏡の収集品」の中に12面以上も「透光鏡」を発見したので、これから関連分野におられる先生方の「ご協力ご指導」もいただきながら、いずれは「明解に発表できる」と確信しております。
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